第72回正倉院展(10月24日~11月9日)の会期2日目となる10月25日(日)、東大寺総合文化センター金鐘ホールにおいて、今年の正倉院展特別公開講座「正倉院展を深く味わう2020」を実施し、本学客員教授の西山厚先生が講演を行いました。
今回の講座では、今年の正倉院展に出品されている宝物の豊富な写真スライドを用いて本展のみどころについて解説。 正倉院宝物の概要に続いて、東大寺の大仏に献納された60種類の薬を紹介し、目録に「病で苦しむ人のために使ってほしい」という記述に加えて、この薬で「どのような病」も「心の苦しみ」もなくなり、「夭逝しない」と書かれていることに触れ、そこには夫を喪った悲しみと、1歳を待たずして亡くした光明皇后の長男への思い、そして、多くの人を救いたいという願いが込められていると話しました。
ほかにも、今年の出品物からピックアップされた宝物を豊富な写真資料とともに解説。
30年以上にわたり奈良国立博物館で正倉院展に携わった西山先生ならではの正倉院宝物の楽しみ方、展示の裏話が次々と明かされ、西山先生から繰り出される壮大な物語に130人を超える参加者が酔いしれました。講演の終盤、西山先生は「最後に少しだけ」と断ると、現在まで70有余回の開催を重ねる正倉院展の歴史について語りました。
正倉院展のはじまりは、昭和18年(1943年)、「時局ノ緊迫ニ鑑ミ」、戦火による被害を避けるために正倉院宝庫の御物(宝物)を開封して分散して避難させることが決定し、そのうちの267点が奈良帝室博物館(現:奈良国立博物館)に保管されたことにさかのぼります。
戦後、正倉院に宝物を戻す段になって、「公開してほしい」という人々からの強い要望が昭和天皇の耳に届き、昭和21年(1946年)、一度限りの「正倉院御物特別拝観」が企画されることになりました。その最初で最後の宝物公開には日本全国から人が集まり、当時の奈良帝室博物館の来館者数が年間で1万人程度だったところ、約20日間で14.7万人もの来場者を記録しました。見学者からは「生きる力がわいた」との声が寄せられたと当時の新聞は伝えています。敗戦後の日本人の心を勇気づけ、生きる希望を与えた正倉院展。一度きりだったはずが、翌年も、その次の年も、そしてその次もと続いて開催され、今日に至るのです。
70年以上の歴史を紡ぐ正倉院展も、今年はコロナ禍により予約制での観覧など異例づくしのものとなりました。西山先生が「今年は、宝物を見ることができない人も多いかもしれない。でも、人々の希望に応えて70年以上続いてきた正倉院展だからこそ、来年を楽しみにして奈良を訪れてほしい」と講演を結ぶと、会場は大きな拍手に包まれました。